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電子収量(転換電子収量)法

1. 電子収量法による観察深さについて

1.1 電子収量/転換電子収量法

XAFS測定の一つのモードとして、試料から放出される電子を検出する方法があり、電子収量法と呼ばれます。 軟X線領域での測定の場合には、試料が真空中に置かれることが多く電子の検出も比較的容易でよく利用されます。 硬X線領域では試料は通常は大気中に置かれるのでそのままでは電子の検出は難しいですが、 試料をHe置換できる簡便な容器に入れることで、特に真空排気を行わず電子収量の測定を行う方法があり転換電子収量法と呼ばれます。

1.2 電子収量法を使う理由/目的と観察深さ

電子収量の測定は、「試料がX線を透過しないのでやむなく」利用される場合と、「電子の脱出深さは浅いので表面敏感になることを期待して」利用される場合があります。 前者では、本来は試料の厚さ方向の制限は期待していないのにやむなく電子収量法を用いるので、「どこまで深く観察できるか」が気になります。 後者では、表面敏感を期待しているのであまり深くが見えてしまうのは好ましくありません。 いずれにしても、「どこまで見えるのか」をある程度知っておくことが重要です。

1.3 具体的な観察深さは?

一方で、実際に見える深さがどれだけか、明確に述べた文献はなかなか見当たりません。 文献調査すると、具体的な個別のケースとして、ある試料について、これこれの条件では、この程度の深さが見えた、という数字は出てきますが かなりばらついた数字になります。 これは観察深さが試料の膜質に依存するもので、万能の数字がないということによるものなのでしかたがないのですが、 考え方や、傾向としてどの程度の深さが観察できるかの目安があれば助かります。

1.4 ここで公開する資料の位置づけ

ここに公開している講演資料は、このような気持ちから行った研究結果を発表したときに使用した資料です (「討論会資料」がオリジナルの講演資料で、「勉強会資料」はこの結果をベースに考察等を加えて少し話を膨らませた内容になっています)。 ここで重要なのは「電子が通過する膜の厚さを変えた一連の試料を1セットだけ(実際には2セットですが)準備して、 その同じセットで異なる複数の吸収端での観察深さを調べた」結果になっていることです。

1.5 直接的な実験結果と他の物質に関する予想

得られた結果の最も重要なポイントは

  1. 観察深さは吸収端のエネルギーに依存して変わる
  2. 研究対象にした ZrO2 膜では 2keV程度〜20nm ⇒ 20keV程度〜 200nm

ということです。 しかし、観察深さは上にも述べたように膜の種類や質が変わると変わるはずです。 どのように変化すると考えるべきかの指針は「勉強会」資料の後半にあります。 簡単に述べると、

  1. ある決まった膜に関して測定するなら「吸収端に依存した変化のしかた(グラフの形)」は、今回の結果とおおよそ同じ形になると考えるのが妥当
  2. その絶対値は膜質に依存して変化するはず
  3. 対象の膜についてどれか一つの吸収端で観察深さがわかれば、他の吸収端でどうなるかは「グラフの形が同じ」と考えて予想可能。
  4. わかっている値がない場合には「密度が高い」「思い元素で構成された」膜では観察深さは小さくなり、「有機膜」のような軽い膜では大きくなると考えるのが妥当
  5. 「勉強会資料」p.35 はその時の目安に使用可能
    例えば「膜質が良い」「有機膜」なら今回の結果の 2〜3倍、「膜質が良い」「重めの金属膜」なら今回の結果の 1/2〜3倍

ということになります。

この様な、予想や指針が本当に正しいか、どの程度正しいかについては、可能ならば今後実験的に検討していきたいと考えています。

2. 講演資料

  1. 2023年12月 XAFS勉強会資料 “電子収量法での観察深さの検証”
    下にある XAFS討論会ネタを少し細くして勉強会で喋ったときの試料です。
  2. 2023年 XAFS討論会講演資料 “電子収量法での観察深さの検討” “電子収量法での観察深さの検討”,
    田渕雅夫$^{1,3,4}$, 原碧生$^2$, 芝山茂久$^3$, 中塚理$^{3,4}$,
    $^1$名大SRRC, $^2$名大工(元), $^3$名大院工$, $^4$名大クリスタルエンジニアリングRC, 3O-04, 第26回XAFS討論会, 立命館大学(草津), ローム記念館, 2023/9/4-6.1)
    当日沢山の反応を頂けましたので早めに公開します。

3. 観察深さの定義

3.1 定義

ここでは、ある深さでX線が吸収された時、その吸収の程度を「電子収量」として検出すると、その値は吸収が起こった深さに応じて指数関数的に減少する、すなわち \[ [信号強度{\rm from}深さ x] = C \exp -\frac{x}{\lambda} \] と仮定しています。この $\lambda$がここで言う「観察深さ」です。

3.2 観察深さの測定

対象試料が「表面 / 膜A(厚さ$L_A$) / 膜B(厚さ$\infty$)」という構造の時、膜Bに含まれる元素について検出される信号強度は、 \begin{eqnarray} [信号強度] & = & C \exp -\frac{L_A}{\lambda_A} \int_0^\infty \exp -\frac{x}{\lambda_B} dx \\ & = & C \exp -\frac{L_A}{\lambda_A} \times [-\lambda_B \exp -\frac{x}{\lambda_B}]_0^\infty \\ & = & C \lambda_B \exp -\frac{L_A}{\lambda_A} \end{eqnarray}

膜Aに含まれる元素について検出される信号強度は

\begin{eqnarray} [信号強度] & = & C \int_0^{L_A} \exp -\frac{x}{\lambda_A} dx \\ & = & C [ -\lambda_A \exp -\frac{x}{\lambda_A} ]_0^{L_A} \\ & = & \lambda_A C \{ 1 - \exp -\frac{L_A}{\lambda_A} \} \end{eqnarray}

「討論会資料」では、「表面 / ZrO$_2$(厚さ$L_A$) / GaAs基板」、「表面 / ZrO$_2$(厚さ$L_A$) / Si基板」で$L_A$を変えた試料セットを準備し、 膜A中の元素の吸収端 Zr-K, Zr-L、膜B中の元素の吸収端 Ga-K, As-K, Si-K について$L_A$に対する「信号強度」を測定し、 その結果に対して上記の式をフィッティングすることで $\lambda_A$ (A = Zr)を求めている。

1)
スライドに記載されていませんが、貴重なご議論や実験上のご協力を頂いた渡辺義夫氏(元あいちSR)、陰地宏氏(名大SRRC)、廣友稔樹氏(SES株)、野本豊和氏(あいちSR)、加藤弘泰氏(SES株)、須田耕平氏(名大SRRC)に感謝します。
tabuchi/ey-cey.1714118175.txt.gz · 最終更新: 2024/04/26 07:56 by mtab