XAFS測定の一つのモードとして、試料から放出される電子を検出する方法があり、電子収量法と呼ばれる。 軟X線領域での測定の場合には、試料が真空中に置かれることが多く電子の検出も比較的容易でよく利用される。 硬X線領域では試料は通常は大気中に置かれるのでそのままでは電子の検出は難しいが、 試料をHe置換できる簡便な容器に入れることで、特に真空排気を行わず電子収量の測定を行う方法があり転換電子収量法と呼ばれる。
電子収量の測定は、「試料がX線を透過しないのでやむなく」利用される場合と、「電子の脱出深さは浅いので表面敏感になることを期待して」利用される場合がある。 前者では、本来は試料の厚さ方向の制限は期待していないのにやむなく電子収量法を用いるので、「どこまで深く観察できるか」が気になる。 後者では、表面敏感を期待しているのであまり深くが見えてしまうのは好ましくない。 いずれにしても、「どこまで見えるのか」をある程度知っておくことが重要である。
一方で、実際に見える深さがどれだけか、具体的な数字で明確に述べた文献はなかなか見当たらない。 文献調査すると、具体的な個別のケースとして、ある試料について、これこれの条件では、この程度の深さが見えた、という数字は出てくるが かなりばらついた数字になる。 これは観察深さが試料の膜質に依存するもので、万能の数字がないということによるものなのでしかたがないが、 考え方や、傾向としてどの程度の深さが観察できるかの目安があると助かる。
ここに公開している講演資料は、このような気持ちから行った研究結果を発表したときに使用した資料である (「討論会資料」がオリジナルの講演資料で、「勉強会資料」はこの結果をベースに考察等を加えて少し話を膨らませた内容になっている)。 ここで重要なのは「電子が通過する膜の厚さを変えた一連の試料を1セットだけ(実際には2セット)準備して、 その同じセットで異なる複数の吸収端での観察深さを調べた」結果になっていることである。
得られた結果の最も重要なポイントは
である。 実際には、観察深さは上にも述べたように膜の種類や質が変わると変わるはずだが、 どのように変化すると考えるべきかの指針は「勉強会」資料の後半にある。 簡単に述べると、
ということになる。
この様な、予想や指針が本当に正しいか、どの程度正しいかについては、可能ならば今後実験的に検討していきたいと考えている。
ここでは、ある深さでxの位置でX線が吸収された時(電子が発生した時)、その吸収の程度を「電子収量」の信号s(x)として検出すると、その値は吸収が起こった深さに応じて指数関数的に減少する、すなわち s(x)=Cexp−xλ と仮定する。この λ がここで言う「観察深さ」である。 先に上げた講演資料でも同じ定義を採用している。
言い換えると、目的の元素を含んだ膜の厚さを変えながら信号強度を調べるような実験を行った時、信号強度変化のグラフに対して s(x)=Cexp−xλ という形の式(実験式)でフィッティングを行って得られる λ を「観察深さ」と呼んでいることになる。
対象試料が「表面外 / 膜A(厚さLA) / 膜B(厚さ∞)」という構造の時、膜Bに含まれる元素について検出される信号強度Sは、 膜Aと膜Bの界面での信号強度SA/Bを更に LAの厚さの膜越しに測定することになるので S={exp−LAλA}SA/B=exp−LAλA∫∞0s(x)dx=exp−LAλA∫∞0exp−xλBdx=Cexp−LAλA×[−λBexp−xλB]∞0=CλBexp−LAλA
となり、膜Aに含まれる元素について検出される信号強度は
[信号強度]=C∫LA0exp−xλAdx=C[−λAexp−xλA]LA0=CλA{1−exp−LAλA}
となる。
「討論会資料」では、「表面外 / ZrO2(厚さLA) / GaAs基板」、「表面外 / ZrO2(厚さLA) / Si基板」構造でLAを変えた試料セットを準備し、 膜A中の元素の吸収端 Zr-K, Zr-L、膜B中の元素の吸収端 Ga-K, As-K, Si-K についてLAに対する「信号強度」を測定し、 その結果に対して上記の式をフィッティングすることで λA (A = Zr)を求めている。
ここでそもそも知りたかったどの程度「表面敏感」なのか「バルクが見えているか」について考える。 前節と同じ「表面 / 膜A(表層:厚さLA) / 膜B(下地:厚さ∞)」という構造で、膜A(表層)、膜B(下地)に共通に含まれている元素が測定対象の場合を考えることになる。 「表面敏感であってほしい」と思っているときには「膜A(表層)」からの信号が大事で、「バルクを見たい」と思っているときには「膜B(下地)」の信号が大事でなるべく「膜A」の影響が少ないことが望ましい。 そこで、[全信号]に占める[膜B(下地)に起因した信号]の強度の割合を考えてみる [全信号]=[膜A(表層)に起因した信号]+[膜B((下地)に起因した信号]=CλA{1−exp−LAλA}+CλBexp−LAλA=CλA−CλAexp−LAλA+CλBexp−LAλA=CλA−C(λA−λB)exp−LAλA [膜B(下地)の割合]=[膜B(下地)に起因した信号][全信号]=λBexp−LAλAλA−(λA−λB)exp−LAλA
膜B(下地)の表面が変質することが予想されていて、その変質を見たい場合(表面敏感希望)や、その変質を無視したい場合(表面鈍感希望)など、 λA≃λB と近似できることが多いと予想される。 その時には、 [膜B(下地)の信号割合]=λBexp−LAλAλA−(λA−λB)exp−LAλA=λBλAexp−LAλA1−(1−λB/λA)exp−LAλA≃exp−LAλA となる。具体的な数字は次のようになる。
LA(表層厚) | [B(下地)の信号割合] | [A(表層)の信号割合] |
---|---|---|
∼λA/8 | ∼88% | ∼12% |
∼λA/4 | ∼78% | ∼22% |
∼λA/2 | ∼60% | ∼40% |
∼λA | ∼30% | ∼70% |
∼2λA | ∼10% | ∼90% |
∼4λA | ∼2% | ∼98% |
この数字を見ると、「表面敏感」を期待するときには、ここで定義する「観察深さ」の2~4倍ぐらいの深さは見てしまっていること(そのぐらいの深さの信号が混ざっていること)、 「バルクを見ること」を期待するときには変質した表面の厚さが「観察深さ」の1/8 ぐらいでも10%ぐらい信号に影響してしまうこと、 を知っておく必要がある。
その都度評価をするしかないが、方針としては上記と同様の手続きを踏めばよいのでそれほど難しくはない。
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